本書の記憶の所在に関する文章を読んでいて、我が身の不明を恥じた。高校時代、小林秀雄の孫引きでベルグソンの『物質と記憶』を知り、訳知り顔で記憶が脳の特定の部分に帰属しないことを説いていた自分を想い出し、その後それ以上の教養を深めなかったことに大いに恥じた。
動的平衡状態にある生命の一部として、脳もまた分子レベルでの動的平衡状態にある。したがって、記憶は静的に特定の分子に固定されているのではなく、流れのなかにあり、シナプスの電子的情報が分子間でコピーを繰り返されるような状態にある。
ベルグソンの記憶仮説が間違っていたことを知るのだが、いっぽうで福岡ハカセのデカルト批判が導くのはベルグソン的な境地だったりするのは非常におもしろい。
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